株式会社東芝
研究開発センター ワイヤレスシステムラボラトリー
委員名:河口民雄

研究概要

当社では,高温超伝導薄膜を利用した高周波フィルタ回路と低温に冷却した低雑音増幅器とを一体化した小型冷却ユニットの開発を行っております。従来の常温高周波回路では実現できない高感度な特性と、高温超伝導体の高周波における低損失な特性を最大限生かすため、独自の高周波回路技術の開発を行うとともに、 AC100V 電源のみで長期間動作可能な小型ユニットを開発し、従来では困難だった屋外などの場所でも超伝導回路を安定して動作させることが可能となります。

1高温超伝導体を用いた高性能高周波フィルタの開発

高性能な高周波フィルタを実現するため、超伝導体の低損失性を用い高い無負荷 Q 値が実現できる共振器構造を開発しました。一般的な常温の共振器は導体損失が支配的であり、高い無負荷 Q 値を実現することが難しいです。超伝導体の低損失性を用いた共振器は、導体損を大きく低減できる特徴がありますが、一方で従来支配的でなかった放射損の影響が大きくなる課題があります。そこで、図 1(a) に示すような 2 本の直線共振器を一定の間隔で並べた、結合共振器構造を考案しました。この共振器は、 2 本の線路に流れる電流が逆相となる奇モードを選んで用いることにより、共振器からの放射を打ち消すことで、放射損を低減できる特徴を持っています。この共振器を用いることで、超伝導体を低損失な特性を最大限生かすことができるようになり、図 1(b) に示すような比帯域 0.1% 以下となる非常に狭帯域で急峻なフィルタを実現することが可能となりました。

(a)平行 2 線路型共振器の構造
(a)平行 2 線路型共振器の構造

(b) 8段擬似楕円関数型フィルタの周波数特性
(b) 8段擬似楕円関数型フィルタの周波数特性
(出典:河口 他 , 周波数資源を有効に利用できる 9GHz 帯気象レーダ向け受信用超伝導フィルタ ,” 東芝レビュー Vol.66 No.12 p.44 47,2011 年 12 月)

2電波天文向け小型冷却ユニットの開発

図2 電波天文向け小型超伝導受信機

(a)超伝導受信機の構造
(a)超伝導受信機の構造

(b)4.5m電波望遠鏡に設置した超伝導受信機の外観
(b)4.5m電波望遠鏡に設置した超伝導受信機の外観
(出典:河口 他 , 不要干渉波を抑圧できる電波望遠鏡向け小型マルチバンド HTS 受信機 ,” 東芝レビュー Vol.75 No.3 p.43 46, 2020 年 5 月)

天体観測に使用される電波望遠鏡向けに小型マルチバンド受信機を開発しました。本受信機は超伝導回路の特性を活用した当社独自のマルチバンドフィルタの搭載により、これまで携帯電話の基地局などから出る電波の干渉により観測が難しかった周波数帯 1.4GHz 2.4GHz の天文観測において高感度の観測を可能とします。また、図 2 に示すように超伝導回路における超伝導状態の維持に必要な冷凍機の消費電力を 1/30 に、サイズを従来の 1/10 以下にすることに成功しました。超伝導状態の維持には回路を 196℃ まで冷却する必要があり、これまで大型な冷凍機が必要でした。冷却の効率を高めるために当社が開発した高断熱・低損失な配線技術を搭載することで、大幅な小型化を実現し、従来では困難だった場所への設置も可能となります。